2014/08/28

わもんな言葉87-本気度×場数

何事にも経験は必要です。

やってみて、たとえその時はできなかったとしても、またやってみる。

そうしているうちにできるようになります。


しかし、漫然とやっていても、すぐには上達しません。

いろいろとやってみて、考えてみて、試してみて…。

試行錯誤しながら上達していくものです。


その試行錯誤のひとつひとつを、どれだけ本気でやるか。

その本気度によって、上達のスピードが変わってきます。


聞く力を深めるのも同じ。

どれだけ本気で聞いていたか。


「聞く」という行為自体をしない日はありません。

しかしその内、本気で話を聞いたことはどのくらいあるか。


本気度を測る目安は、次の問いを自分に聞いてみることです。

「本気やったか?」

2014/08/07

わもんな言葉86-壁打ちの型

「わもんな言葉」へようこそ!

今回もさのともが自由に語ります!

さて、今回はいわちゃんからお題がきております。

お題は「壁打ちの型」

では、いわちゃん、どうぞ!!

先日の黒帯高知で「壁打ちの型」が編み出されています。
あさこさんの美しい型の動画をやぶちゃんから見せていただきました。

これをわたふがやると超高速になるし、まっちゃんいわちゃんで速さ重さを競ったりして楽しいです。

本題ですが、壁打ちの型をすることは何をすることになるのでしょうか?
型が表しているのは何なのでしょうか?

さすが、いわちゃん、いい質問をしますね~。

いつものさのともならば、「型がなかったら形無しになるからです」と答えるところですが、ここは丁寧にいきましょう。


壁打ちの型だけでなく、他の事柄でもそうですが、型を学び繰り返し実践することは、意識せずとも身体が動くように身体に覚え込ませることだと思っています。

考える前に動く、考えなくとも動ける。

言葉としての印象は良くありませんが、「自動化」「機械化」が型の効用です。


壁打ちの型であれば、AさんからBさんへの切り替えのタイミングやスピードなどを身体に覚えさせる。

この「わもんな言葉」でも何度か挙げたことがありますが、「無意識の有能」を目指していると思っております。


壁打ちをしていると、ふと我に返ったり、あるいはお披露目の場では緊張したり、様々な予期せぬことも起こり得ます。

そんなときに身体がさっと動く、固まったり、止まったりすることなく次の一歩が出ている。

型はそのためにあるのではないか、と考えています。


なので、型は基本。

ただし、型は万能ではありません。


私の好きな考え方のひとつに「有構無構の教え」というのがあります。

宮本武蔵の『五輪書』に書かれていたことです。

有構無構というのは、構えがあって構えがない、ということです。

『五輪書』にはいくつか構えについても述べていますが、敵の出方やその場所、状況にしたがって敵を斬りやすいように刀を持つことが重要だとしています。

形にはめて構えるのではなく、敵を斬るための太刀の位置が構えとなる。

構えというのはあってないようなものだ、ということです。


壁打ちの型は、今までの壁打ちの経験などからできたもの。

私の立ち位置といわちゃんの立ち位置で、心構えも違ってくると思います。


五輪書 (講談社学術文庫)
五輪書 (講談社学術文庫)

聞けば叶う〜わもん入門
聞けば叶う〜わもん入門

2014/08/01

わもんな言葉85-今・ここ・自分

先日、とある会社(としておきます)のミーティングにオブザーバーとして参加いたしました。

やぶちゃんがファシリテーターをするミーティングを見てみたかったからです。

やぶちゃんはじめ、ミーティングにご参加された方々のご厚意に甘えさせていただきました。

ありがとうございます。


内容はここでは申し上げませんが、ミーティングの流れを大まかにいうと、「社長の立ち位置の確認」「社長以外の方々の立ち位置の確認」「それぞれの立ち位置の微調整」という流れでした。


ミーティングの中で、私にも発言の機会があり、野球の守備範囲の例を挙げたので、野球に例えてみます。


例えば、バッターの打った球が、センターとレフトの間にフライとなります。

センターとレフトを守っているそれぞれが、「どちらが取ろうか」とか、「センター(レフト)が取るだろう」と思っていると、取れる球も取れない時があります。

俗に「お見合い」という現象。

このお見合いを防ぐには、声をかけ合う必要があります。

それぞれがわかっていたとしても、声をかけ合って確認し合う必要があります。


今回のミーティングは、それぞれの方々が声をかけ合って確認し合っていたような印象です。

ファシリテーターの役割は、その声のかけ合いを促すこと。


声をかけ合うことで、自分の立ち位置もわかります。

そして、その立ち位置を自ら微調整していきます。


さらに印象的だったのは、ファシリテーターの立ち位置。

ファシリテーター自身も自分の立ち位置について声を出していること。

今、ここで自分が何ができるか。


それぞれがそれぞれの立ち位置にいます。

周りを見て、声をかけ合っていかなければ、自分が立っていることはわかっていても、自分がどこにいるのかわかりません。

皆が目指しているところが違っていると、そこで何をするのかもわかりません。

それぞれの立ち位置を声に出すことで、そしてそれらを確認することで、自分の立ち位置の再確認と微調整が可能になります。


オブザーバーの立ち位置にいた自分も、今、ここで何ができるか、ということも考えさせられました。

その微調整のひとつとして、今、ここで自分は今回の「わもんな言葉」を書いています。


聞けば叶う〜わもん入門
聞けば叶う〜わもん入門

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